最高裁判所第三小法廷 昭和54年(行ツ)103号 判決 1980年7月15日
上告人
長野時男
被上告人
富士市建築主事
平田仲
右訴訟代理人
御宿和男
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告人の上告理由について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない(建築基準法六条一項に基づく確認申請の審査の対象には、当該建築計画の民法二三四条一項の規定への適合性は含まれないから、右規定に違反する建築計画についてなされた確認処分も違法ではない。)。所論違憲の主張は、原審の事実認定、証拠の採否を非難するものにすぎない。論旨は、いずれも採用することができない。
よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(伊藤正己 環昌一 横井大三 寺田治郎)
上告人の上告理由
原判決は、左の点について事実の認定を誤り、且つ法令解釈適用の上で、社会通念を欠く重大な違法があり許されない。
一、原判決は未確認建築物に対する行政庁の裁量範囲を著しく越えて居り、建築基準法第六条の解釈を曲げたものであつて許されない。
二、建ぺい率違反の事実行為の行政処置怠慢。
本案の建ぺい率違反が訴訟提起に至るまで放置され増築部分について、建築基準法第五三条の違反があるにも拘らず原判決はこれを認容し、確認外条件である既存家屋の一部を取除くことによつて、建ぺい率違反が存在しなくなつたとする、社会通念を外れた被上告人主張を認容した違法がある。
三、民法第二三四条と建築基準法第六五条の解釈を誤り、公法が私法に優先するとする全く誤つた被上告人主張を認容し、壁面後退距離五〇センチメートルは、防火地域であつて、耐火構造のものに限り、適用除外とする論理解釈の原則をあやまつた違法がある。
四、原判決は、証拠の証明の機会を与えない結果、事実認定を誤つた違法な判決である。
(上告人、昭和五四年三月一五日付提出調査嘱託並びに証人申請の申立)。
一、未確認建築に於ける
建築基準法第六条と行政庁の追認裁量範囲の相当性は、違反行為が建築業者である本案の場合、
社会通念上許されないと解するのが相当である。
本案訴訟の対象となつている、はみ出し建築は、乙第一号証に於ては直営工事となついてるが、ユタカ江藤建築計と記載されて居り事実上、建設業者であり登録もある 富士市中野 ユタカ産業が設計施工したものである。
したがつて、被上告人提出の乙第二号証(違反建築物処理要領及び被上告人陳述の同法第六条に基づいて“違反建築に対しては、罰金の担保があり(建築基準法第九九条)違反建築が行政訴訟の対象ではない。”と主張した通りに第一審、第二審共にこれに基づく判決をなしているが、違反建築は、建築基準法第一条の目的である公共の福祉の増進に反するものであり、行政怠慢の結果生じるものである。確認申請→調査確認→建築着手の法規を遵守すべき立場にある被上告人がこれを無視し乙第二号証の如き違反例外規定を認容すれば、建築基準法が空文化され、本案が例外規定でなく、行政庁の怠慢が助長され認容され不公平を招く。
本案訴訟の如く、多忙を理由に事実の調査を怠り建物が竣成したのち、請負工事が明白であつても直営工事として、形式的、手続的違反として処理することは、行政監督の不充分とは云え、特定の業者に対してのみ見過しているから、憲法第五条に定める“公務員は全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者でない”とする規定に反する。したがつて原判決は取消されるべきである。
二、建ぺい率違反と建築基準法第五三条
本案が訴訟手続の過程に於て、訴外藁科の物置が取毀されて申請図面と実体の違反がなくなり、被上告人の主張が全て認容されているが、違反の内容の実体は、本案建築によつて、上告人の敷地に面して一杯に訴外藁科が建築を無届で行い、雨水排水等は、上告人の敷地へ排水しているのが、現状であるから、建ぺい率違反の実体が増築部分であることが明白であるのに、これを曲げて解釈し、物置の取毀しを以つて、同法違反がなくなつたから上告人の主張は理由がないとするのは、社会通念に反する不当な解釈である。
違反は増築部分によつて生じたものであるから、既存物置の取毀しにより消滅するものでなく判決は不当である。
又、乙第一号証の七に記載されている北側部分の図面も、実体とは違つたものが記載されて居り、実体は官有地水路上にはみ出して建築されて居る。
しかるに原審は、証人市川の証言を拒絶したばかりか、事実の調査を怠り、証拠申請を却下して、上告人に対して、右事実の証明の機会を与えない違法がある。したがつて図面上の計算値は事実に反して居り、計画上の建ぺい率58.04%は著しい誤りがある。又七〇六番地全体が公図上の面積より狭いのに、本案申請に係る訴外藁科の土地が公図より大きくはあり得ないのに原審は専門家の鑑定によらないで、公図は実体と異るとして上告人の主張をしりぞけた違法がある。
然るに上告人が昭和五四年三月一五日付証拠の申出(調査嘱託の申出及び証人申請の申出)によつてこれら違反の事実を調査し、証明しようとしたが、高等裁判所は証明の機会を与えないで(憲法第一二条、同第一三条、同第一四条、同第三二条違反)被上告人提出の乙第三号証の図面によつて審決したことは、重大なる審理不尽の判決であつて許されない。
三、原判決は民法第二三四条と建築基準法第六五条の解釈適用を誤つたものである。
被上告人提出の公法、私法の陳述定義は明白にされていないが、人があつて社会が存在するのと同じく、私法があつて公法があるのと同じく、公法が私法に優先する原判決の考え方がそもそも誤りである。
憲法第一二条、同第一三条、同第一四条等にも個人の尊重について、明記してある通り、ブルジョア革命によつて、全体主義が排除された今日、私法と公法とは、どちらが優先すると云う規定などは、明文化されてなく、公共の福祉の増進という社会通念に従つて解釈され、結論されるのが相当とされるのが常識である。
すると、増建築をするに際しては、隣地の承諾、建築協定がない限り、民法第二三四条に従つて、隣地と五〇センチメートル距離を保つ必要があるのであつて、これは家屋の修繕に際して、隣地立入り権などと併せて、各人が遵守しなければならない、社会生活上の最底基準となつていると解される。
近年の都市周辺の地価の値上りや、建築技術の向上に伴つて、用途別の地域が指定され、防火地域などが特定されるに及んで、又共同ビルの建築等の必要性ができた結果、隣地とは建築全般についてなんでもかんでも五〇センチメートル離しなさいと云う規定が場所によつては妥当性を欠く場合も生じた結果、建築基準法第六五条によつて、防火地域に限り、耐火構造の外壁を有するものについては民法二三四条の五〇センチメートルの規定の適用例外を定めたものと解するのが相当である。
したがつて本案の場合、防火地域ではなく、工場地域であり地価も比較的富士市のはずれであり、安価である。
したがつて、建築基準法を民法の特別法と解釈しないまでも、被上告人の主張する建築基準法には隣地といくらの距離を保つかとの規定がないとか、同法第六五条により隣地に接することができるとか、公法が民法に優先するとかの主張を認容した原判決は失当である。
民法第二三四条の規定が建築基準法に及ばないとする原判決は以上の理由により同法第一条の趣旨により間違つていることが明白であるから棄却されるべきである。
以上の理由により上告人は、昭和五一年一月二〇日第七五一〇号を以つて松本宗作が確認を追認した、建築確認処分の取消しを求めるため、止むなく上告に及びます。